新しい年収の壁で企業が求められる対応
支援強化パッケージの概要・注意点まで解説

コラム, 新着情報

「せっかく人が採れても『年収の壁』で思うように働いてもらえない…」
「いつから、うちの会社も社会保険の適用対象になったの?」

人手不足が深刻化する中、パート・アルバイトの「働き控え」につながる「年収の壁」は、今や中小企業にとって採用戦略や労務管理に直結する経営課題です。

政府は「年収の壁・支援強化パッケージ」や社会保険の適用拡大を進めており、2025年6月13日には年金改正法案(社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律)が成立し、公布されました。

関連サイト厚生労働省「年金制度改正法が成立しました

事業主の中には制度が複雑化するにつれ、どこから手をつければ良いか分からない、という声も少なくありません。本記事では、年金改正法案の成立を受け、今後の方向「年収の壁」の基本から、企業が取るべき実務対応、各種支援制度の活用法まで、分かりやすく解説します。

新たな「年収の壁」とは?
130万円・106万円・103万円・150万円の違い

「年収の壁」は一つではありません。税金に影響する壁と社会保険に影響する壁があり、それぞれ意味が異なります。それぞれの「壁」を例に概要をご紹介します。

「年収の壁」130万円・106万円・103万円・150万円の概要

年収の壁 関係する制度 概要・超えた場合の影響
103万円 税金(所得税)
  • 本人に所得税が発生
  • 配偶者が配偶者控除を受けられなくなる
106万円 社会保険 一定条件を満たす企業で働く場合、本人が勤務先の社会保険に加入し、社会保険料が発生。
130万円 社会保険 企業の条件に関わらず、配偶者等の社会保険の扶養から外れ、自分で社会保険料を負担。
150万円 税金(配偶者控除) 配偶者が受けられる配偶者特別控除が減額し始める。

今後の見直し動向による影響の大きさなども踏まえ、特に経営者・従業員双方が注意すべき壁は、手取り額に最も大きな影響を与える社会保険の「106万円の壁」と「130万円の壁」です。

「130万円の壁」は、たった1万円の超過でも手取りが20万円以上減少する

なぜ、これほどまでに社会保険の壁が意識されるのでしょうか。それは、壁を超えた瞬間に発生する負担による手取り額の減少の大きさにあります。

項目 年収130万円(扶養内) 年収131万円(扶養外)
社会保険料(本人負担) 0円 約19万円(国民健康保険・国民年金の場合)
税金(所得税・住民税) 約2万円 約3万円
手取り年収(概算) 約128万円 約109万円(約19万円の働き損)

ご覧の通り、わずか1万円収入を増やした結果、手取りが約19万円も減少する「働き損」が発生します。これが、従業員が年末にシフトを調整したり、昇給をためらったりする大きな原因です。

関連サイト厚生労働省「年収の壁について知ろう

新たな論点「178万円の壁」の正体とは?

最近、「178万円の壁」という言葉も聞かれますが、これは法律上の制度ではありません。実務上、2つの異なる意味で使われるため注意が必要です。

178万円の壁は社会保険適用促進手当を加味した「手取りの頭打ち」ライン

キャリアアップ助成金を活用して支給する「社会保険適用促進手当」(後述)は、従業員の保険料負担増を補う強力なツールです。しかし、この手当自体は社会保険料の算定対象から除外される一方、税金(所得税・住民税)の課税対象にはなります。そのため、年収が上がるにつれて増加する社会保険料と税金の負担に、手当の補填効果が追いつかなくなるポイントが存在します。その実質的な「手取りの頭打ち」ラインが、約178万円前後と試算されているのです。

178万円の壁は将来年金と年収の「損益分岐点」

もう一つの考え方は、「支払った社会保険料の元を、将来受け取る厚生年金の増額分で取り返せるのは年収いくらか?」という試算です。その損益分岐点が約178万円とされています。ただし、これはあくまで将来の年金額だけを見た試算です。病気やケガで働けない時の「傷病手当金」など、現役世代の保障も社会保険の大きなメリットであり、損得だけで判断すべきではありません。

結論として、「178万円の壁」は制度上の壁ではなく、支援策の設計上、あるいは長期的な損得勘定から生まれる「実質的な壁」と理解するのが正確です。また、2025年6月の年金制度改正により、今後は年金見込額の「見える化」が進み、「いくら払えばいくら戻るか」が以前よりも分かりやすくなり、「178万円の壁」も今後動く可能性があります。

変わる社会保険の適用対象と
企業の対応義務について

「従業員51人以上」の企業は社会保険の適用対象になります

2024年10月の改正では、これまで社会保険の対象外だった企業も、2024年10月からは新たに対象となります。該当する企業では、従業員の社会保険加入手続きと、保険料の半額(労使折半)負担という新たな義務が発生しています。

社会保険適用となる対象範囲(2024年10月改正)

項目 条件
企業規模 従業員数51人以上(※2024年9月までは101人以上)
月額賃金 8.8万円以上(年収換算 約106万円)
週の所定労働時間 20時間以上
雇用期間 2か月を超える見込み
条件 学生ではないこと

事業主にとっては痛いコスト増とはいえ人手不足感の強い業種などではこの負担増は避けて通れません。負担増を避けようとした結果、採用ができない、熟練パート社員が退職するなどの事態は絶対に避けなければなりません。こうした「働き損」問題の解消と、働き手の確保を目指し、2025年6月に成立した改正法では、さらに踏み込んだ内容が盛り込まれています。

2025年6月の社会保険料適用対象拡大はゴールではなく通過点?

改正帆では、政府がパート・アルバイトのさらなる社会保険適用を見据えていることがはっきりと見えてきました。こうした流れの中、中小企業経営者が課題として必ず押さえておきたい、主な論点は以下の2点です。

2025年6月成立「年金改正法」に盛り込まれた方向性とは

企業規模要件の「完全撤廃」 現在、「従業員51人以上」とされている企業規模の要件そのものを撤廃し、従業員数に関わらず全ての企業を対象とする方向で議論が進んでいます。これが実現すれば、従業員数が50人以下の小規模事業者も、社会保険加入の義務を負うことになります。

パート・アルバイトも、社会保険の対象となる可能性が

社会保険は 現在の「週の所定労働時間20時間以上」という要件が段階的に縮減され、「週10時間以上」などに引き下げることも検討されています。このことにより、短時間で働くパート・アルバイトも社会保険の対象となる可能性があります。

2025年6月に成立した改正帆では、企業規模(従業員51人以上)という要件の完全撤廃が今後の制度設計方針として盛り込まれました。実施時期こそ明示されていないものの、政府の方向性として「2028年までに撤廃を検討」とされており、小規模企業にも大きな影響が見込まれます。

同様に、改正法には「週20時間以上」という条件の段階的見直しの検討が盛り込まれています。具体的な論議はまだ先になりそうですが、パート・アルバイトのさらなる社会保険適用が見据えられていると考えた方がよさそうです。今回の改正法は働く側だけではなく雇う側でもある事業主にも大きな影響がありそうです。

関連サイト社会保険適用拡大特設サイト「パート・アルバイトのみなさま

「年収の壁・支援強化パッケージ」とは?

政府が2023年10月に開始した「年収の壁・支援強化パッケージ」は、パートやアルバイトなど短時間労働者が、社会保険料負担を意識せずに働ける環境を整備する対策です。

関連サイト厚生労働省「年収の壁・支援強化パッケージ

急激な社会保険料負担の増加に対して事業主がすべきことは変化に対応しつつもビジネスへの影響を極力緩和することです。この激変緩和に向けた措置として政府も企業向けの支援策を用意しています。これらを活用することが「攻めの経営」にもつながります。

106万円の壁対策キャリアアップ助成金(社会保険適用時処遇改善コース)を活用する

キャリアアップ助成金(社会保険適用時処遇改善コース)」とは、従業員が新たに社会保険に加入する際の「手取り減」を補うために、企業が手当を支給したり、賃上げを行ったりした場合に助成金が支給されるものです。企業が従業員に「社会保険適用促進手当」を支給した場合、従業員1人あたり最大50万円の助成金が企業に支給するものです。

この助成金を活用すれば、企業は実質的な負担を抑えつつ、従業員の手取りを維持できます。「うちは手当を出すから、壁を気にせず働けますよ」とアピールすることは、採用・定着においても大きな強みになります。

130万円の壁対策「事業主証明制度」を活用する

「事業主証明制度」は、主にパート・アルバイトなど短時間労働者の「130万円の壁」問題に対応する措置です。企業が「人手不足による業務量の増加など、一時的な事情で収入が増えた」と証明(事業主証明)をすれば、保険者(健康保険組合など)の判断により、引き続き扶養に留まれるようにします。

原則として、この仕組みは同一の者については連続2回まで利用できるとされていますが、最終的な認定は各保険者が行います。企業としては 従業員から依頼があった際にスムーズに発行できるよう、書式の準備と発行ルールを整備しておきましょう。ただし、恒常的な収入増を隠すための利用はできません。

関連サイト厚生労働省「事業主の証明による被扶養者認定Q&A

今後も議論が続く
「年収の壁」にまつわる影響について

「年収の壁」をめぐる議論はまだ続きそうです。経営者として押さえておきたい今後の方向性は以下の通りです。

社会保険の適用範囲はさらに拡大の方向へ

前述の通り、現在社会保険の適用範囲は「従業員51人以上」ですが、2025年6月の法改正を受け、段階的に企業の従業員規模要件や労働時間要件が撤廃され、全ての企業で働く従業員は「働く=社会保険加入」が原則となる方向が示されています。2030年ごろには実現する可能性もあり、早めの備えが不可欠です。

年収の壁は働く学生も対象になる?親御さんへの影響について

働く学生やその親御さんに関わる税制については、緩和の方向で議論が進んでいます。社会保険の適用拡大というテーマとは少し異なりますが、アルバイト等で大学生等を雇い入れている事業者は押さえておきたい内容です。

勤労学生控除の改正(既実施) 学生自身が受けられる「勤労学生控除」は年収150万円以下まで、合計所得85万円以下で控除対象(27万円)拡大され、学生自身の所得税負担が軽減されます。
親側の扶養控除の見直し 年収123万円までは従来通り、123〜150万円で段階的な控除、150〜188万円までは「特定親族特別控除」で段階的に減額。

まとめ

事業者にとっての「年収の壁」問題は、単なるコスト増ではありません。今回の年金制度改正は、これまで「壁」とされていたラインを乗り越えることが前提の制度設計に転換する第一歩ともいえます。壁を気にせず働ける環境づくりは、企業にとっても競争力強化の鍵となるでしょう。

制度変更による影響が見込まれる従業員を把握したうえで、対象者には社会保険加入のメリット・デメリットを丁寧に説明し、意向を確認する体制を整えるのは最低限必要な準備になるでしょう。

もちろん、「事業主証明」や「キャリアアップ助成金」の活用や就業規則・給与体系の見直しといった壁を前提としない、柔軟な働き方ができる仕組みを構築するのも攻めの経営を行うチャンスかもしれません。

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